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日々のものづくり&気になること。

 

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雪を踏む音

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子どもと今日の集合場所まで歩いてみた時のこと。
あまり時間に余裕が無くて、サクサク歩いたけど4才は頑張ってついてきていた。(成長したなぁ)

急いでただ歩いていただけなんだけど、雪を踏みしめる音が心地良かった。帰りもその音を聞きながら歩いた。

言葉でどう表現するのがしっくりくるかな?サッククク・・サッククク・・とかかな?とか考えながら歩いた。

今日は山がくっきり見えるな。大きいな。私は大きな山に囲まれているな、包まれてるな。
空が青いな。飛んで行く飛行機が白く透明がかってみえる。自分が描きそうにない角度で飛んでる。
鳥の声が聞こえるな。どこかなあのへんかなすずめかな、当たった〜とか。

ひたすら頭に浮かべてみたら、とても癒されました〜

子育てしていると・・

うちの子はまだ4才でまだまだ先の話だけれど、先輩お母さんの話を聞いたり色々な記事を読んでいるうちに、9才ごろにあるらしい子供の変化が気になってきました。
この頃に親を客観視し出してある種の親離れがあるようで、シュタイナー教育に基づいた講座を開いている先生は「9才の危機」と表現していました。

↓このブログもシュタイナー系。
「9才の危機」森へ行こう(心とからだと子育てと)
「9才の危機(その2)」森へ行こう(心とからだと子育てと)
ここを読むと幼い頃に自然や大人との関わりなど、現実社会の中に楽しさを知れている事がこの時期に対しての準備になるとのことです。
自分はどうだったかなぁと考えてしまいます・・。
でも、何の人の手も加わってないものとか、現実的な日々の作業とか人との関わりに楽しさ(日々に喜び)を感じる力が身に付けられていたらとてもいいだろうなぁ、身につけたいなぁと今現在強く思ってはいるのは確か。

そして、このプレゼンも思い出しました。
ベンジャミン・ザンダー「音楽と情熱」TED
これを見てとても感動しのたのですがそれは今はおいておいて、、

ここではクラシック音楽の素晴らしさをプレゼンされています。
子供のピアノの上達の仕方を7才のリズムの取り方は〜という感じで、11才まで説明があって、そこで上手く楽しさが見つけられないと、ピアノを続けられないと言っています。

7才はリズムを一音一音とっていて、11才は楽譜全部でひとつのリズムで捉えて、曲に込められた思いを理解して強弱がつけられるようになるようです。
ですが、うまく理解できないでリズムを細かく単調にとっているだけでは、疲れやすく飽きてしまって続かないとのことで、とても印象に残りました。私自身も習字とかそろばんとかを早いうちから習っていたのに行かなくなってしまったのは、これくらいの時期だった気がします・・

9才ごろにきちんと何かに向き合って、楽しさを見出す経験をして熱中出来るかどうかが大事そうだなぁと思いました。こういう変化があると知っていれば、子供への接し方を比較的考えやすくなりそうですよね。

私はとっくに9才の何倍も生きてしまっていますが、リズムのとり方=意識の仕方と考えて、もう少し疲れない生き方をしたいものだと考えたりしていました 笑。社会活動が怖かったり自信が無かったり、何かに熱中して自分でやり続けていることは無い気がします・・。そして本当にやりたいはずの作品づくりからは逃避しがち。自分の問題としてもこの件に興味がわきました。
子育てしていると、こんな風に自分を育て直しているような気持ちにもなります。

と言いつつ、これまで緊張と緩和とか、ハレとケについて知った時に、同じようにヒントを得られたと思って考えてみてもなかなか上手くやれていなかったりします・・きっと自分でもがくしかないのでしょうね(助けて〜)

2014年のイメージ

今年はこういう日々にしたいです。

  1. 4作目の絵本をつくる
    おはなし部分が大分できてきたので、絵の方をこの1年間で描くことを目標にしながら、これまでと違うやり方に挑戦する
  2. 仕事の幅を広げる
    たくさんの時間を使える訳ではないけれど、これまでやってきた事に捕らわれずに(手仕事してみたりして)つながりを見つける
  3. よい作品をみて好きな作家さんを増やす
    (絵本を読むことも含む)知識不足を解消する
  4. 感動をブログを書いたり作品にしたり、直接誰かに話したりする
    五感を使うことを意識し、頭だけで考える時間を減らして行動し、心が動いたことを人と共有する
  5. 穏やかに日々を楽しむ
    保存食づくり、畑作業、整理整頓、対話して学ぶ、読書、山歩き、瞑想orヨーガで心身を整える、家族の思い出づくり、ニコニコする機会を増やす

2014年もよろしくお願いいたします。

賀正2014

旧年中にこのブログを読んでくださったみなさま、展覧会に来てくださったり、作品をみてくださったみなさま、どうもありがとうございました。
今年も自分なりに前に進んで行こうと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

また穏やかな一年を過ごせますように。色々な出会いがありますように。

2013年の思考まとめ

誰が読むねんパート2!というか、そういえばいつも誰が読むねんな事ばかり書いてましたね・・。結構自分にとって大事なことに気づいた気がする1年だったので書き留めていたメモを元にまとめてみました。全てに(※自分の場合)と注釈がつくような感じです。

  1. 絵が好きだからとか、認められたいとかは、動機にするのは難しい。
  2. 誰にも期待されなくても、下手でも、それは絵を描かない、つくらない理由にはならない。モヤモヤときちんと向き合う事が本気になることと言えるのでは?
  3. 有名な画家のように戦争反対などの強い想いや意志は持てていないが、自分には感動(ワクワクしたり心が動かされたり)したことと、それを人に伝えたいという想いに描かされる状態がきっといい。感動すること、その気持ちを伝えることで、自分の存在も大きく感じられる(自己肯定)。
  4. 色々なものの在り方について、「そこにただ存在するということは、浅い目で見ると当たり前で真新しく見えない。でもあらゆるものも目に見えない独自のルールを持ってそこに存在している。そこがどれだけ整理されているかが、どれだけ洗練されて見えるかに関係してくるのではないか」と思った。
    (堀文子さんの、実物そのものではない整理された線・記号一歩手前のあたたかく心地よい線や配置について考えているうちに気づいた。)
  5. 子供に独自のイメージの世界をつくれるよう、環境を考えて刺激の強い物をできるだけ与えないようにしている事について、自分が人の作ったイメージに侵されているからそうしようと思うのではないか、自分自身が一番恐れていることなのではないかと気づいた。けれど自分の親を見ていると、親自身が子供の頃にした苦労を自分の子にさせたくないと思うのは普通なのかもしれないとも思う。
  6. ファンタジー、想像の世界は特に子供には必要だ。
    現実は生々しく、直視するには負担が大きすぎる。ファンタジーのフィルタを通してワクワク楽しみながら向き合うことを仮経験することで、自立の準備ができるのかもしれない。疲れた大人もファンタジーの力を借りれば現実と向き合えるのでは?
  7. 人が作ったイメージの土台にのっかって考えを書いた文は後から読もうとしても、読み飛ばしたくなる事が多い。
    あとは、時事のことなどは生鮮品のようなもの?とか、自分で考えた事は後で読んでもよい刺激になっていて、積み上がるものなのかも?と思った。
  8. 人との対話が上手くない自分が、つまらない人間なのではないかと苦しくなることがあるが、
    つまらない=分かりにくいというだけのこと、悪い事ではない。
    時間をかけて味にする。身なり、振る舞いは地味でも、在り方・行動を追求し、味のある人間になりたい。と思った。
  9. 疲れやすいのは、一つ一つを意識し過ぎているからなのかもしれない。出来るだけ流すように、一つ一つを軽くしていきたい。